ヴォルフガング・ベルトラッキは、ドイツ出身の元美術偽造者であり、現在はビジュアルアーティストとして活動している。
彼は約35年間にわたり、約300点もの贋作を制作し、約5000万ユーロ(約80億円)を稼いだとされる。
彼の贋作は世界各国の美術館やコレクターを欺き、日本の美術館も例外ではなかった。
ヴォルフガング・ベルトラッキとは?

幼少期と背景

ベルトラッキは1951年にドイツで生まれ、幼少期から芸術に親しんで育った。
父親は教会の修復画家であり、彼はその影響を受けて古典技法を学ぶ機会を得た。
特に油彩技法や古い絵画の修復技術に精通し、これが後の贋作制作に大きな影響を与えた。
独自の贋作手法

ベルトラッキの贋作の最大の特徴は、単なる模倣ではなく、その画家が描いたことがありそうな新しい作品を創作する点にあった。
この手法により、彼は贋作と発覚するリスクを低減し、専門家の目を欺くことに成功した。
彼が好んで模倣したのは、マックス・エルンストやハインリヒ・カンペンドンクといった、美術史的には評価が高いものの、一般にはあまり知られていない画家たちだった。
これらの画家は作品数が少なく、真作との比較が困難であったため、贋作を紛れ込ませる余地が大きかった。
彼の技法は緻密で、時代に即したキャンバスや顔料を用い、人工的にエイジング処理を施していた。
また、過去のコレクターやギャラリーのラベルを精巧に再現し、作品に歴史的背景を持たせることで真実味を増していた。
美術市場を揺るがした贋作

彼の贋作は、美術商やオークションハウスを通じて広く流通し、知らずに購入した美術館やコレクターも多かった。
ニューヨークの有名ギャラリーやヨーロッパの著名なコレクターの間でも彼の作品は取引され、長い間本物と信じられていた。
2000年代には、彼の作品は市場で高額で取引され、多くの美術館が所蔵品としてコレクションに加えた。
しかし、2010年の逮捕により彼の贋作が明るみに出ると、美術界全体が贋作問題に直面し、鑑定技術の向上が求められるようになった。
逮捕と裁判

2010年、ベルトラッキはドイツ警察に逮捕され、贋作の販売に関与した罪で起訴されました。
裁判では、彼が制作した贋作の詳細が明かされ、多くの美術館やコレクターが騙されていたことが判明した。
2011年の裁判で、彼は詐欺罪で有罪判決を受け、懲役6年の刑を言い渡された。
彼の妻も共犯として有罪となり、共に刑務所に収監された。しかし、彼の刑期は短縮され、数年後には釈放されました。
釈放後の活動

釈放後、ベルトラッキは贋作から離れ、オリジナルのアート作品を制作するようになった。
彼は現在、スイスに拠点を置き、自身のスタイルを確立した作品を発表している。
彼の作品は依然として高い評価を受けており、贋作騒動を経てもなお、アート界で一定の人気を誇っている。
日本の美術館も被害に

高知県立美術館が所蔵する作品に贋作の疑いがかかり、「少女と白鳥」(カンペンドンク作とされる)は、専門家に真贋調査を依頼した結果「贋作の可能性が高まった」ことが判明しました。
この作品は1996年に1800万円で購入されており、科学的分析により絵具やラベルの不一致が確認されました。
専門家による分析の結果、使用されている顔料がカンペンドンクの創作活動時期には存在しなかったものと一致しないことが判明しました。
また額縁の一部にも不自然な加工が施されていたことが発覚しました。
昨年には、徳島県立近代美術館が所蔵するフランスの画家ジャン・メッツァンジェの「自転車乗り」に、贋作の疑いがあると発表していました。
この油絵は1999年度に6720万円で購入され、1911年ごろの作品とされていました。

美術市場への影響

ベルトラッキの事件は、美術市場に多大な影響を与えた。
彼の贋作が発覚したことで、多くのコレクターが購入した作品の真贋を再評価する必要に迫られた。
また、オークションハウスやギャラリーは、作品の来歴をより慎重に確認するようになり、鑑定技術の向上に努めるようになった。
彼の事件以降、AIを活用した鑑定技術が導入され、より精密な分析が可能となった。
しかし、それでもなお、贋作が完全になくなることはなく、美術市場では今後も慎重な対応が求められる。
まとめ
ヴォルフガング・ベルトラッキは、美術史において最も巧妙な贋作者の一人として知られる存在となった。
彼の手法は独自性が高く、多くの専門家を欺くほどの完成度を誇った。
逮捕後も彼の影響は大きく、美術市場における鑑定技術の発展や、コレクターの意識改革を促すきっかけとなった。
現在、彼はオリジナルのアーティストとして活動し、過去の贋作事件を踏まえたうえで、新たな創作活動に取り組んでいる。
彼の人生は、美術の世界における真贋の境界を浮き彫りにし、アートの価値とは何かを問い直す契機となった。