今夏から実施される東京都の「水道基本料ゼロ」政策。約800万世帯を対象に4カ月間、基本料金を無償化することで、物価高騰下の家計を支援し、エアコン利用を促進して熱中症被害の軽減を目指します。この画期的な施策の詳細、背景、期待される効果について徹底解説します。
昨今の物価高騰により、多くの家庭が光熱費の負担増に直面しています。
特に夏場は、エアコン使用による電気代の上昇が家計を圧迫し、中には経済的理由からエアコン利用を控える世帯も少なくありません。
東京都は、このような状況を踏まえ、2025年夏、都内全世帯を対象とした「水道基本料ゼロ」政策を実施することを決定しました。
- 水道基本料ゼロ政策とは
- 指摘される課題
東京都の水道基本料ゼロ政策とは何か

東京都の水道基本料ゼロ政策は、2025年夏の4カ月間(6月から9月)、都内約800万世帯の水道基本料金を全額無償化するという画期的な取り組みです。
水道料金は「基本料金」と実際の使用量に応じた「従量料金」の2部構成となっていますが、この政策では基本料金部分が全額免除されます。
政策の具体的内容と規模
東京都の水道基本料ゼロ政策は、その規模と対象範囲において前例のない取り組みです。
具体的な内容は以下の通りです:
- 対象世帯数: 東京都内全約800万世帯(一般家庭)
- 実施期間: 2025年6月から9月までの4カ月間
- 無償化内容: 水道メーターの口径に応じた基本料金全額
- 13mm口径:月額860円
- 20mm口径:月額1,170円
- 25mm口径:月額1,460円
- 予算規模: 約400億円(2025年6月の都議会定例会に補正予算案として提出予定)
さらに、東京都水道局の供給エリア外の地域(多摩地域の一部自治体など)についても、東京都が費用を負担して同様の措置が適用される予定です。
これにより、東京都全域の住民が平等に恩恵を受けることができます。
水道料金の仕組みと基本料ゼロの影響
水道料金の構成を理解することで、この政策の家計への影響をより明確に把握できます。
一般的な水道料金は以下の2つの要素で構成されています:
- 基本料金: 水道メーターの口径によって決まる固定費用
- 従量料金: 実際の水使用量に応じて課金される変動費用
今回の政策では、この基本料金部分が無償化されるため、各家庭は口径に応じて月860円から1,460円の負担軽減を受けることになります。
4カ月間では一世帯あたり最大で5,840円の支援となります。
この政策により、特に固定費が家計を圧迫している低所得世帯や、水の使用量が少ない単身世帯などにとって、相対的に大きな経済効果がもたらされると考えられています。
水道基本料ゼロ政策の背景と目的

この政策は単なる経済支援にとどまらず、熱中症対策という公衆衛生上の重要な目的も持っています。
その背景と複合的な目的について詳しく見ていきましょう。
深刻化する熱中症問題と昨夏の教訓
2024年夏、東京都は記録的な猛暑に見舞われました。
その結果、都内の熱中症による救急搬送者数は過去最多の7,993人、死亡者数は340人を記録しました。
さらに衝撃的なのは、この搬送者の半数以上が、実はエアコンを設置していながらも使用していなかったという事実です。
東京都の調査によると、エアコン未使用の主な理由として「電気代の負担」が上位に挙げられました。
特に、コロナ禍以降の物価高騰により、多くの世帯が光熱費を節約するためにエアコンの使用を控えていることが判明しています。
物価高騰と家計負担の実態
近年の物価高騰は、特に光熱水費において顕著です。
2023年から2025年にかけて、電気・ガス料金は大幅に上昇し、多くの家庭の家計を圧迫しています。
総務省の家計調査によると、東京都内の一般家庭の水道光熱費は、2020年と比較して約20%上昇していると報告されています。
この状況下で、特に固定収入の高齢者や低所得世帯では、光熱費の節約のためにエアコン使用を控える傾向が強まり、それが熱中症リスクを高める結果となっていました。
水道基本料金の無償化によって家計の負担を軽減することで、間接的にエアコン利用を促進する狙いがあります。
政策の二重の目的
東京都の水道基本料ゼロ政策には、主に以下の二つの目的があります:
- 直接的な家計支援:物価高騰下における都民の生活費負担軽減
- 熱中症予防:経済的理由によるエアコン利用控えを解消し、健康被害を防止
特に重要なのは、この政策が「水」と「熱中症」という一見関連のない問題を、家計負担という共通点でつなげ、効果的に対処しようとしている点です。
限られた財源を活用して、経済支援と健康対策という二つの社会課題に同時に取り組む試みとして注目されています。
水道基本料ゼロ政策の期待される効果

東京都の水道基本料ゼロ政策は、様々な側面から都民の生活と健康に好影響をもたらすことが期待されています。
具体的には、どのような効果が見込まれるのでしょうか。
家計負担の軽減効果

水道基本料金の無償化による直接的な経済効果は、以下のように試算されています:
- 13mm口径(一般的な単身世帯・小家族):月860円×4カ月=3,440円の負担軽減
- 20mm口径(標準的な家庭):月1,170円×4カ月=4,680円の負担軽減
- 25mm口径(大家族・マンションなど):月1,460円×4カ月=5,840円の負担軽減
特に注目すべきは、この支援が水道使用量に関わらず全世帯に一律で適用される点です。
これにより、行政手続きの煩雑さを排除し、迅速かつ確実に全都民に支援を届けることができます。
また、申請不要で自動的に料金に反映されるため、高齢者など行政サービスへのアクセスが困難な層にも確実に恩恵が行き渡ります。
熱中症予防効果とその社会的意義
この政策の最も重要な側面は、熱中症予防への貢献です。水道料金の負担軽減により、家計全体の余裕が生まれ、エアコン使用への心理的・経済的ハードルが下がることが期待されています。
熱中症による健康被害の軽減は、以下のような社会的便益をもたらすと考えられています:
- 救急搬送件数の減少による救急医療システムの負担軽減
- 入院治療費や労働損失の減少による社会的コスト削減
- 特に高齢者の健康寿命延伸への貢献
- 夏季の労働生産性向上
東京都の試算によると、熱中症による救急搬送1件あたりの社会的コストは約50万円と見積もられています。
仮に昨年の搬送件数が10%減少するだけでも、約4億円の社会的コスト削減につながる可能性があります。
環境・生活面への波及効果
水道基本料金の無償化は、間接的に以下のような環境面・生活面での好影響も期待されています:
- 水分摂取量の増加による熱中症予防効果
- こまめなシャワーや風呂の利用促進による体温調節
- 打ち水や室内の加湿など、伝統的な暑さ対策の実施増加
特に、日本の伝統的な暑さ対策である「打ち水」は、局地的な気温低下効果が科学的にも実証されています。
水道料金の負担軽減により、このような環境に優しい暑さ対策が促進される可能性も指摘されています。
見解と政策評価

経済学による政策評価
この政策の優れた点は、申請手続きや所得審査などを必要とせず、すべての世帯に即座に恩恵が行き渡る点です。
特に、行政サービスへのアクセスが困難な高齢者や低所得者層にとって、こうした『プッシュ型』の支援は大きな意義があります。
単年度の施策として見れば有効ですが、恒久的な制度として維持するには財政的持続可能性の検討が必要です。
また、水道使用量の多い大世帯と少ない単身世帯で同じ恩恵を受ける口径別の料金体系については、公平性の観点から再考の余地があるでしょう。水道料の負担軽減が、エアコン使用への心理的ハードルを下げるという発想は、公衆衛生学的にも理にかなってい
公共政策としての評価
この政策の最大の特徴は、『選別』ではなく『普遍』的なアプローチを採用している点です。
所得や資産の審査なく全世帯に適用されるため、行政コストが低く、スティグマ(烙印効果)も生じません。
単発の支援策としては有効ですが、気候変動により猛暑が常態化する中、より恒久的・体系的な対策が必要です。
水道料金だけでなく、エネルギー政策全体の中で熱中症対策を位置づける長期的視点が求められます。
他の自治体や過去の類似政策との比較
東京都の水道基本料ゼロ政策は、全国的に見ても前例のない大規模な取り組みです。
他の自治体の取り組みや過去の類似政策と比較することで、その特徴をより明確に理解できます。
国内他自治体の熱中症対策
全国の自治体では、様々な熱中症対策が実施されていますが、東京都のような水道料金無償化という手法は極めて珍しいものです。
東京都の水道基本料ゼロ政策は、対象が全世帯と広範囲である点、申請手続きが不要である点、そして間接的ながらエアコン利用を促進する点で独自性があります。
過去の公共料金減免政策との比較
過去には、景気対策や災害復興などの目的で、一時的に公共料金を減免する政策が実施されてきました。例えば:
- 2011年(東日本大震災後): 被災地の水道料金・下水道料金の一時免除
- 2020年(新型コロナウイルス対応): 一部自治体による水道基本料金の減免
- 2022年(物価高騰対策): 一部自治体による低所得世帯への公共料金支援金給付
これらの過去の政策と比較すると、東京都の政策は、特定の被災者や低所得者ではなく全世帯を対象としている点、そして熱中症予防という公衆衛生目的を明確に打ち出している点が特徴的です。
国際的な熱波対策との比較
気候変動に伴う熱波対策は、世界各国でも重要な政策課題となっています。国際的な取り組みとしては:
- フランス: 熱波警報発令時の公共水道の無料開放、高齢者施設への冷房設置義務化
- スペイン: 低所得世帯へのエネルギーバウチャー配布
- シンガポール: 公共住宅へのエアコン設置補助と省エネ型への買い替え促進
- オーストラリア: 熱波期間の電気料金上限設定
国際的な取り組みと比較すると、日本独自の水道料金体系を活用した東京都の政策は、行政手続きの簡素さと即効性において優れていると評価できます。
一方で、欧州諸国のように熱波対策を気候変動適応政策の一環として位置づけ、長期的・体系的に取り組むという視点は参考になる点です。
水道基本料ゼロ政策の課題と展望

革新的な取り組みである一方、この政策にはいくつかの課題や今後の展望について検討すべき点も存在します。
指摘されている課題と論点
この政策については、以下のような課題や論点が指摘されています:
- 財政的持続可能性: 単年度で約400億円の財政負担となるこの政策を、恒久的な制度として維持することは財政的に可能なのか。
- 公平性の問題: 水道メーターの口径による基本料金設定は、必ずしも世帯の経済状況を反映していない。高所得世帯も低所得世帯も同様の恩恵を受ける点は公平か。
- 政策効果の検証: 水道料金無償化が実際にエアコン利用促進につながるかの因果関係は不明確。効果検証の方法論の確立が必要。
- 他の熱中症対策との比較優位性: 直接的なエアコン購入補助や電気代補助と比較して、水道料金無償化の費用対効果は本当に優れているのか。
- 政治的背景への懸念: 都知事選挙を控えたタイミングでの発表であり、政治的パフォーマンスとの批判も存在。
これらの課題に対して、東京都は「熱中症による社会的コスト削減効果」「行政手続きコストの最小化」「即効性の高さ」などを政策のメリットとして挙げています。
今後の政策展開の可能性
この政策の成果次第では、以下のような展開が考えられます:
- 評価に基づく継続・拡大: 効果が実証された場合、毎年の夏季恒例施策として定着する可能性
- 対象期間の柔軟化: 気象条件に応じて対象期間を変動させる仕組みへの発展(熱波警報連動型など)
- 他の公共料金との連携: 電気・ガス料金の負担軽減策との組合せによる総合的アプローチへの展開
- 全国への波及: 効果が実証されれば、他の自治体や国レベルでの類似政策導入の可能性
- 気候変動適応政策との統合: より広範な気候変動適応戦略の一環として位置づけられる可能性
東京都は、この政策の効果検証のため、熱中症搬送者数の変化、世帯のエアコン使用状況調査、水道使用量の変化などのデータ収集を予定しています。
これらのエビデンスに基づいた政策評価が、今後の展開の鍵を握ることになるでしょう。
まとめ:水道基本料ゼロ政策の意義と今後の展望
- 東京都は約800万世帯を対象に、4カ月間水道基本料を無償化
- 月額860円~1,460円の負担軽減効果で、家計支援を実現
- エアコン利用促進による、熱中症被害の軽減が主目的
- 申請不要で、即効性の高い支援策として高評価
- 財政負担と効果検証が、今後の課題
- 気候変動時代の新たな公衆衛生政策モデルの可能性