生活保護費補償見送りへ、最高裁判決後も全額支給せず厚労省方針

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2025年11月6日、厚生労働省が重大な方針を固めた。2013年から2015年にかけて実施された生活保護費の大幅引き下げについて、今年6月の最高裁判決で「違法」と断じられたにもかかわらず、当時の減額分の追加支給を全額ではなく一部にとどめる方向で調整に入ったのだ。この決定は、約200万人もの受給者に影響を及ぼした歴史的な引き下げの補償問題であり、原告側からの強い反発は必至とみられる。霞が関の厚労省では、8月以降に設置された専門委員会で慎重に議論が重ねられてきたが、その結論は「完全な被害回復」を求める声に応えるものとはならなかった。

この記事で得られる情報

生活保護費引き下げ問題の全貌

この問題の発端は、2008年のリーマン・ショックにまで遡る。厚労省は当時の物価下落を理由に、2013年8月から2015年4月にかけて、食費や光熱費などの「生活扶助」の基準を3段階で平均6.5%引き下げた。この減額幅は過去に例を見ない規模であり、受給者の生活に深刻な影響を与えた。問題の基準は2018年に改定されるまで約5年間使用され続けたため、減額の累計は数千億円規模に達すると試算されている。

■ 生活保護費引き下げ問題の概要
引き下げ実施期間2013年8月~2015年4月(3段階実施)
平均減額率6.5%(過去最大規模)
影響を受けた人数約200万人
違法基準の使用期間2013年~2018年(約5年間)
減額累計規模数千億円規模と推計
最高裁判決日2025年6月27日
判決内容引き下げを「違法」と認定、減額処分取り消し

「いのちのとりで裁判」の10年

この引き下げに異議を唱え、全国29の都道府県で1027人もの原告が立ち上がったのが「いのちのとりで裁判」である。原告の多くは高齢者や障がい者、傷病者であり、月々数千円の減額でも生活が立ち行かなくなる状況に追い込まれていた。弁護団や支援団体は「生活保護は命の砦」と訴え、10年以上にわたる長い法廷闘争を続けてきた。しかし、その間に232人もの原告が判決を聞くことなく亡くなっている。この数字は、全原告の2割以上に達し、いかに過酷な闘いであったかを物語っている。

歴史的な最高裁判決

2025年6月27日午後3時、最高裁判所第三小法廷は、生活保護基準の改定を違法とする史上初の判決を言い渡した。宇賀克也裁判長は、厚労省が引き下げの根拠とした「デフレ調整」の計算手法に重大な誤りがあったと指摘し、減額処分の取り消しを命じた。判決後、最高裁正門前では原告や支援者たちが「勝訴」の旗を掲げ、涙を流しながら抱き合う姿が見られた。原告の一人は「最初は負けたと思った。地獄を見た。でも弁護士が握手してきて、勝ったとわかった。一日で地獄と天国を見ました」と語った。

厚労省の補償方針と背景

最高裁判決から4カ月余りが経過した11月6日、厚労省が固めた方針は、原告側が求める「全額補償」とは大きくかけ離れたものだった。関係者によると、厚労省は当時の一般低所得世帯の消費実態を根拠に、「全額支給すると、生活保護を受給していない低所得世帯の消費水準を上回る」と判断したという。つまり、違法な引き下げであったことは認めながらも、完全に元の水準に戻すことは「制度の整合性」から難しいとする理屈である。

専門委員会での議論

厚労省は2025年8月13日、最高裁判決への対応を検討する「社会保障審議会生活保護基準部会 最高裁判決への対応に関する専門委員会」を設置した。行政法や社会保障の専門家9名で構成されるこの委員会では、追加支給の是非、支給する場合の水準、対象者の範囲などについて慎重に議論が重ねられた。8月29日の第2回会合では原告関係者のヒアリングも実施され、原告らは「いつまで生き地獄を続ければいいのか」と国の対応の遅さを厳しく批判した。委員の一人である大学教授は「どうやっても、追給しないでいい結論は出ないと思う。オペレーションを今から考える方がいいのでは」と早期の対応を促していた。

死亡者は対象外の方針

さらに厚労省は、既に死亡している人については追加支給の対象外とする案を提示している。この方針に対しては、「10年もの長い裁判を闘い抜いた末に亡くなった原告の無念はどうなるのか」という批判の声が上がっている。実際、最高裁判決を待たずに亡くなった232人の原告の多くは、「生きているうちに正義が認められることを願っていた」と家族や支援者は語る。死亡者を対象外とすることは、事実上、国が時間稼ぎをすれば補償を免れられるという前例を作ることにもなりかねない。

■ 厚労省方針と原告側要求の比較厚労省方針原告側の要求
追加支給額減額分の一部のみ(全額見送り)違法に減額された全額の補償
支給の根拠低所得世帯の消費水準を考慮最高裁判決に基づく完全な被害回復
死亡者への対応対象外とする方針遺族への支給を要求
謝罪の有無明示的な謝罪なし真摯な謝罪を求める
再発防止策具体策は未定検証委員会設置と制度改善
対応時期専門委員会で近く取りまとめ即座の対応を要求

原告と支援者の反応

厚労省の方針が明らかになった11月6日、原告や支援団体からは一斉に反発の声が上がった。「いのちのとりで裁判全国アクション」の共同代表を務める弁護士は、「最高裁が違法と断じた行為に対して、なぜ完全な被害回復がなされないのか。これでは司法判断を軽視していると言わざるを得ない」と強く批判した。また、愛知訴訟の原告は「最高裁で勝ったと喜んだのもつかの間、国は結局、私たちの苦しみを理解していない。一部だけ返すというのは、『悪いことはしたけど全部は返さない』と言っているようなものだ」と憤りを露わにした。

生活実態への影響

月々の減額は、一見すると数千円程度と小さく見えるかもしれない。しかし、ギリギリの生活を送る受給者にとって、この金額は死活問題である。ある原告の女性は「月に3000円減らされただけで、もやしと卵で凌ぐ日が増えた。病院に行くのも躊躇するようになった。薬代を浮かせるために症状が悪化してから行くので、結局治療費がかさむ悪循環だった」と振り返る。別の高齢の原告男性は「夏でもクーラーを我慢し、冬は厚着で暖房を節約した。友人の葬儀にも香典が出せず、人間関係が途切れていった」と語る。こうした声は、数字だけでは測れない人間の尊厳の問題を浮き彫りにしている。

支援団体の今後の動き

支援団体は、厚労省の方針に対して強く抗議する構え見せている。全国生活と健康を守る会連合会は「判決を受け入れ、真摯な謝罪を」と題する声明を発表し、全額補償と再発防止策を求める署名活動を開始した。既に33万筆以上の署名が集まっており、今後さらに拡大する見込みだ。また、日本弁護士連合会も会長声明を発表し、「生活保護利用者及び元利用者への補償と生活保障法の制定」を求めている。11月中旬には、原告団と弁護団が厚労大臣宛に改めて要請書を提出する予定で、政治的な圧力を強めていく方針だ。

制度の本質と社会的意義

生活保護制度は、憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化したものである。それは単なる金銭給付ではなく、すべての国民が人間らしく生きる権利を保障する「最後の砦」としての役割を担っている。今回の問題は、その砦が行政の恣意的な判断によって掘り崩されたという点で、極めて重大である。最高裁が「違法」と断じたのは、単に計算方法の誤りだけではなく、生存権の保障という根本的な価値を軽んじた国の姿勢そのものであったと言える。

低所得世帯全体への影響

生活保護基準は、単に受給者だけの問題ではない。この基準は、就学援助や住民税の非課税限度額、介護保険料の減免など、様々な制度の判定基準として使われている。つまり、生活保護基準が引き下げられると、生活保護を受けていない低所得世帯も、各種支援から外れてしまう可能性がある。専門家の試算では、今回の引き下げによって、約600万世帯が何らかの影響を受けたとされる。このように、生活保護基準の引き下げは、社会全体のセーフティネットを弱体化させる「底抜け」現象を引き起こすのである。

諸外国との比較

先進諸国と比較すると、日本の生活保護制度には独特の特徴がある。まず、捕捉率(受給資格がある人のうち実際に受給している人の割合)が約2割程度と極めて低い。ドイツやフランスでは5割以上、イギリスでは8割以上とされており、日本では「恥」の意識や複雑な申請手続きが障壁となっている。また、日本では一度基準が引き下げられると、それが既成事実化して元に戻りにくいという問題もある。欧州諸国では、物価上昇に応じて自動的に給付額が調整される「物価スライド制」が一般的だが、日本では政治的判断に左右されやすい構造になっている。

■ 生活保護を巡る出来事の流れ
2008年リーマン・ショック発生、物価下落始まる
2013年8月第1段階の引き下げ実施(~2013年10月)
2014年4月第2段階の引き下げ実施(~2014年7月)
2014年~全国29都道府県で訴訟提起開始(原告1027人)
2015年4月第3段階の引き下げ実施(計6.5%減)
2018年基準改定により違法基準の使用終了
2025年6月27日最高裁が引き下げを「違法」と判断、原告勝訴
2025年8月13日厚労省が専門委員会を設置、対応協議開始
2025年8月29日専門委員会で原告ヒアリング実施
2025年11月6日厚労省が全額補償見送り方針を固める
2025年11月(予定)専門委員会が取りまとめ、具体策決定へ

専門家の見解と今後の課題

社会保障法の専門家たちは、今回の厚労省の方針に対して厳しい見方を示している。ある大学教授は「最高裁が違法と認定した以上、原状回復が原則である。『低所得世帯との均衡』を理由に一部補償に留めるのは、違法行為を追認することになりかねない」と指摘する。また、行政法の専門家は「司法判断を尊重しない行政の姿勢は、法治国家としての基盤を揺るがす」と警鐘を鳴らす。一方で、財政を専門とする経済学者からは「数千億円規模の追加支給は財政負担が大きい」という現実論も聞かれるが、多くの専門家は「違法行為の代償として当然に負うべきコスト」と反論している。

再発防止に向けた提言

最高裁判決の中で、宇賀克也裁判長は詳細な反対意見を展開し、「本件改定は、違法であり少なくとも過失も認められる」として「故意」の違法行為であることを示唆した。さらに「原告らが『最低限度の生活の需要を満たす』ことができない状態を9年以上にわたり強いられてきた」と、国の対応の問題性を厳しく指摘している。こうした司法の指摘を受けて、専門家からは様々な再発防止策が提言されている。第一に、生活保護基準の改定プロセスに第三者機関のチェックを義務付けること。第二に、物価変動に応じた自動調整メカニズムの導入。第三に、当事者や支援団体の意見を反映させる仕組みの構築。第四に、基準改定の影響を事前に評価する制度の確立などである。

政治の役割

この問題は、行政だけでなく政治の責任も問われている。2013年当時、生活保護費の引き下げは「生活保護バッシング」とも言える社会的風潮の中で決定された。一部メディアによる不正受給の過度な報道や、「自己責任論」の高まりが背景にあった。政治家の中には、引き下げを支持する発言をした者もいる。しかし、最高裁判決を受けて、43名の国会議員が「生活保護基準引下げ問題の早期全面解決を求めるアピール」に賛同した。野党を中心とした動きではあるが、与党内からも「司法判断を重く受け止めるべき」との声が出始めている。11月以降の国会審議で、この問題がどう取り上げられるかが注目される。

よくある質問(FAQ)

Q1: なぜ最高裁が違法と認めたのに全額補償されないのですか?

A: 厚労省は「当時の一般低所得世帯の消費水準を上回る」ことを理由に、全額補償は適切でないと判断しました。しかし、これは最高裁が違法と認定した減額の完全な回復を拒む姿勢であり、法的には問題があるとの指摘が専門家から出ています。司法判断の趣旨を十分に尊重していないとの批判も強くあります。

Q2: 影響を受けた人は何人くらいいますか?

A: 2013年から2015年の引き下げ当時、約200万人の生活保護受給者が直接影響を受けました。さらに、生活保護基準を参照している他の制度(就学援助、住民税非課税限度額など)を通じて、約600万世帯の低所得世帯にも間接的な影響があったとされています。

Q3: 追加支給はいつ頃実施される見込みですか?

A: 厚労省の専門委員会は11月中に取りまとめを行う予定です。その後、具体的な支給水準や対象者、実施方法などを詰める作業が必要となります。実際の追加支給は早くても2026年以降になる見込みで、自治体の事務負担も考慮すると、さらに時間がかかる可能性があります。

Q4: 亡くなった原告への補償はどうなりますか?

A: 厚労省は現在、死亡者を対象外とする方針を示しています。これに対して原告側は「10年も裁判を闘って亡くなった人々の無念を無視するのか」と強く反発しており、遺族への支給を求めています。この点は専門委員会でも議論が続いています。

Q5: 今後同じような違法な引き下げを防ぐ対策はありますか?

A: 現時点で具体的な再発防止策は示されていません。原告側や支援団体は、①独立した検証委員会の設置、②基準改定プロセスの透明化、③第三者機関によるチェック体制の構築、④物価自動スライド制の導入などを求めています。専門委員会でこれらの議論がどこまで進むかが注目されます。

Q6: 国は謝罪していますか?

A: 最高裁判決から4カ月以上が経過していますが、厚労省や政府からの明示的な謝罪はありません。原告側は判決直後から「真摯な謝罪」を求めていますが、国は事務的な対応に終始しており、この姿勢に対する批判が高まっています。

■ この問題の重要ポイント
核心問題最高裁が違法と認定した減額への補償が不完全
影響規模直接200万人、間接600万世帯に影響
減額累計数千億円規模(2013~2018年)
厚労省方針全額補償見送り、一部支給にとどめる
主な理由低所得世帯の消費水準との均衡を考慮
原告側主張違法行為への完全な被害回復を要求
死亡者対応対象外とする方針(原告側は反発)
今後の焦点専門委員会の取りまとめ内容と政治判断
社会的意義セーフティネット全体の信頼性に関わる

まとめ:問われる法治国家の姿勢

2025年11月6日に明らかになった厚労省の方針は、最高裁が史上初めて「違法」と断じた生活保護費引き下げに対する政府の対応として、極めて不十分と言わざるを得ない。約200万人の受給者が長年にわたって被った不利益を、「一部補償」で済ませようとする姿勢には、司法判断への軽視と、最も弱い立場にある人々の声を聞こうとしない行政の体質が透けて見える。

生活保護制度は、単なる金銭給付の仕組みではない。それは憲法が保障する生存権を具体化し、すべての国民が人間らしく生きる権利を支える「最後の砦」である。その砦を行政の恣意的な判断で掘り崩し、司法がそれを違法と断じたにもかかわらず、完全な回復を拒む――これは法治国家としての根幹が問われる問題である。原告の一人が掲げた「だまってへんで これからも」という旗の言葉は、10年以上の闘いを経てもなお続く不条理に対する、静かだが力強い抗議の表明である。

専門委員会の取りまとめを経て、最終的な政治判断が下される今後数カ月が、この問題の帰趨を決める重要な時期となる。原告側や支援団体は、署名活動や国会議員への働きかけを強化し、世論を喚起する構えを見せている。一方で、財政当局は数千億円規模の追加支給に慎重な姿勢を崩していない。この対立の中で、果たして日本の民主主義と法の支配は、最も弱い立場の人々を守ることができるのか。その答えが、間もなく示されることになる。

この問題は、生活保護受給者だけの問題ではない。セーフティネット全体の信頼性、司法判断の実効性、そして社会の最も弱い部分をどう守るかという、私たち社会全体の価値観が試されている。最高裁の判決が出されてから4カ月以上が経過し、原告の中には既に判決を聞くことなく232人が亡くなっている。生きているうちに正義が実現されることを願った人々の思いを、私たちはどう受け止めるべきなのか。この問いに、今、真摯に向き合う時が来ている。

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